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右奥のお姉さんのパンタロン。

懐かしい写真が出てきました。昭和48年(1973年)の草千里です。
赤い服の子供がまだ2歳の僕。爺ちゃんと婆ちゃん、そして赤牛を従えて。僕はこの頃から阿蘇が大好きだったんです。
この頃は放牧の牛がここまで来てました。車道も堂々と行き来していて、クラクションを鳴らしてもどかないもんだから渋滞になったりしていました。
夏には登山道のカーブごとに、とうきび(とうもろこし)を売るお姉さんが立っていて、手を振ると返してくれるのが嬉しかったのを憶えています。

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熊本地震発生からまもなく2ヶ月が経とうとしています。
もう2ヶ月なのか。と思う反面、まだ2ヶ月しか経ってないのかという感覚もあります。

現在、草千里へと続くいくつかの道はすべて崩れてしまい、行くことはできません。

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益城町や西原村、そして僕の住んでいる南阿蘇村も被害の大きかったエリアです。
甚大な被害を受けた家屋やペンション、道路や農地など、いまだに目を覆いたくなるような景色も多いです。限られた報道だけでは復興には程遠い印象を受けると思います。

もちろん復興への道のりが長く険しいことは事実です。
しかし、ここで生活していると感じるのです。被害を受けたパン屋さん、蕎麦屋さん、ラーメン屋さん、お菓子屋さん、温泉施設などが、週末ごとに次々と営業を再開し、少しずつ元気を取り戻しつつあるのを。

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『落ちない石』として、合格祈願に縁起が良いとされていた『免の石』が、今回の地震で落ちてしまいました。
たしかに残念ではあるのですが、これは自然のものなので、長い間たまたま落ちずに引っかかっていたものが、本来あるべき場所へ落ちたということだと思います。
この岩を展望できる『鳥の小塚公園』というのがまた素敵な場所でして。免の石があった場所から振り返るとこんな絶景が見られるのです。

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緑に覆われた山肌のあちこちに茶色く土砂崩れの跡が見られます。
しかしよく見ると、その茶色い部分にもう新しく草が生えてきています。
こういうのも実際にここへ来て、自分自身の目で見なければ気づくことができないことだと思います。

今回、熊本は大きな打撃を受けましたが、全てが壊滅状態なわけではなく、十分に観光も楽しめるし、美味しいものもたくさん食べられます。

東京の友人に聞くと、南阿蘇村は全ての道路が崩れて孤立してるみたいなイメージを持っている人が少なくないとのこと。
全然そんなことないですよ。ちょっと遠回りしなくちゃいけないけど、天草へも日帰りで行けます。

熊本、大分への旅行に政府からの補助金が出る『九州観光支援旅行券』なんて制度も施行されるようです。

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この夏は是非九州へ遊びに来てくださいね〜。

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