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いつもの散歩道

平成28年熊本地震:『前震』

4月14日(木)

朝。
南阿蘇村の自宅から俵山トンネル〜西原村〜益城町を通り、熊本市東区のとある自動車修理工場へ。
この工場は高校時代の後輩が営んでいて、中古のジムニーの納車整備を依頼していた。車検は明日の予定なので、来週には納車できるとのこと。コーヒーを飲んで雑談。

「あ、オイル缶の空いとるやつある?」
「ありますよ。ロケットストーブ作るとでしょ。んなら2個ですね」
「いや、今のシングルタイプのやつをバージョンアップするけん、一個でよか」

オイル缶をもらって帰路へ。
国道57号線で大津町から南阿蘇村へ。
途中、立野のおべんとうのヒライでダブル海老天肉うどん390円を食べる。早めの昼食。阿蘇大橋を渡り河陽地区を通るいつものルートで自宅へ向かう。

昼。
高森町のコメリに立ち寄りパーライトを一袋購入。土壌改良剤だけどこれはロケットストーブの断熱材として使うもの。
自宅へ戻り、ロケットストーブの改良作業。20分ほどであっけなく完了。軽く燃焼実験をする。いい感じ。

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夜。
仕事を終えた妻が帰宅。今夜はロケットストーブで遊びたいので外のデッキで焼肉をやろうと提案。
焼肉のほか、冷凍庫にあった餃子をスキレットで焼いてみたりして楽しむ。

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21:30頃。
食事を終え、ウイスキーを飲みながらスキレットとダッチオーブンの手入れをしていたら、揺れた。
後にこれが《平成28年熊本地震》の前震であると知らされる。

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かなり揺れたが、家の中のものは何一つ倒れることもなく無事。5年前、東京で東日本大震災に遭った時はマンションの最上階だったこともあり食器棚や本棚が倒れた。
テレビやネットで益城町の被害を知る。
つい先月まで住んでいた熊本市東区の家は、道路ひとつ跨げば益城町という場所にあった。しかも築50年のボロ家。あの家だったらどうなっていただろうなどと話す。
余震がありそうなので風呂には入らず就寝。

東日本大震災のことを思い出さずにはいられない

4月15日(金)

集落の区長さんと、熊本市内に住む大家さんから安否確認の電話が入る。
家も人も無傷だけど、5年前の地震の後、東京のスーパーやコンビニからモノが消えたことが想起され、「まぁ大丈夫だろうけど」的な気分で白川水源へ水を汲みに行く。

白川水源

高森町のコスモスへ立ち寄り、そろそろなくなりそうだったトイレットペーパーを買う。米はこないだ買ったばかりだから大丈夫だろう。
ガソリンの残量が目盛りひとつだったのでガソリンスタンドで満タン給油。
その後は一日中テレビとネットの地震情報を見て過ごす。
友人が熊本市東部に多く住んでいるので気がかり。LINEなどで状況を聞くとみんな無事。初めて「LINEって便利だな」と思った。
熊本市東部ではしかし、水が止まっているとのこと。

「もし困っとるなら阿蘇から水汲んで持って行くけど」
「とりあえずまだ大丈夫。水もすぐ復旧するでしょ」

そんな会話を交わす。
23時頃、シャワーを浴びて就寝した。

平成28年熊本地震:『本震』

4月16日(土)

深夜。
ドカンと下から突き上げられるような揺れで起こされる。地震だ。大きい。
咄嗟に隣で寝ていた妻に覆いかぶさる。上から落ちてくるものは? 考えてみたが特にない。この家には天井がなく三角屋根の裏側がそのまま見えている。ログハウス風の木造建築で、屋根は瓦ではなく軽量なカラーベスト葺。落ちてきたとしても大事には至らないだろう。家ごと崩れるかもしれないという危惧も頭を過ぎったが、そこから先は想像が及ばなかった。真っ暗闇の中、壁の電源プラグの差し込み口からパンという音とともに青白い火花が飛ぶのが見えた。あぁ、電気停まったな。
緊急地震速報の警告音と、家財道具が揺さぶられるガッチャン、ガッチャン、ガッチャン、ガッチャンというミニマルループ。あぁ、この音ひさしぶり。家が違っても同じような音なんだなぁ、やっぱ嫌いだなぁこの音。
何秒間、あるいは何分間揺れたのはわからないけど、洗濯乾燥機の中にぶち込まれたような騒々しさの中で、意外と冷静にそんなことを考えていた。

揺れが収まり、懐中電灯を持って外へ。
先月末ここへ引っ越してきた時に、この家を山小屋っぽい雰囲気にしたいと思い、玄関を登山キャンプ道具置場にしたのが大正解だった。テントや寝袋、LEDライト、ランタン、マッチや燃料、ロープ、ヘルメットなど、こういう時に役立つものがすべて一箇所に収納してあった。
普段なら庭から見下ろせる白川地区、両併地区方面の家の灯も見えず真っ暗。停電は我が家だけではないと知る。携帯電話は圏外の表示。
150メートルほど離れた隣家から懐中電灯の明かりが見えた。隣家のAさんのご主人は僕と同年代で、しかも生まれは熊本で最近まで東京に住んでいたという境遇が同じで親近感がある。

「大丈夫ですか? うちは全員大丈夫です」
「うちも大丈夫。家族全員」
「とりあえず避難所へ行ったほうがよさそうですね」

ここで尿意に気づいたが、この家の水は井戸からポンプで汲み上げている。電気が止まっているので水は使えない。よって庭で立ち小便。田舎でよかったと変なところで安心。
上着と財布、携帯電話、ヘッドランプだけ持って妻と車に乗り込む。
近所に一人暮らしのお爺さんがいるので立ち寄る。部屋の灯は点いていない。外から声をかけ、窓を叩いてみるが応答がない。老人とはいえ庭仕事をガンガンにこなす元気な人なので、既に避難していることを願ってその場を去る。
避難場所への最短距離である細い農道を進んでいくと、法面の土が崩れて道を塞いでいた。Uターンもできない狭い道なので、真っ暗闇の中延々と車をバックさせる羽目に。

村の体育館に到着すると、駐車場には既に20台ほどの車が。みんな携帯電話が使えない。情報を得られるのはカーラジオだけ。震度6強。これは後日震度7だったと修正された。
ここでようやく現在の時刻を知る。午前1時55分。
体育館のトイレは使えるようだ。行けるうちに行っておけと妻を促す。晴天で星がよく見える。
余震が続くが車の中にいるとサスペンションで多少緩和されるような気がする。少なくとも家財道具や建具がぶつかり合うガッチャンガッチャンが鳴らないだけでもかなり気持ちが楽。

空が白み始める頃、少しウトウトするが寒くてすぐに目が覚める。
なにより車が古い軽自動車なのでとにかく狭い。先月まで乗っていたステーションワゴンだったら広くて快適だったのに。
NHKラジオのニュースで、阿蘇大橋と俵山トンネルが崩落したことを知る。熊本市内方面とこの村を繋ぐ2つの主要な道が断たれた。
ただラジオでは、《南阿蘇大橋》だとか《阿蘇市と熊本市を繋ぐ俵山トンネル》だとか《熊本市内へ向かう上りのトンネルが崩落し、下りのトンネルは無事》だとか、微妙に間違ってるのが気になる。俵山トンネルは阿蘇市ではなく南阿蘇村だし、トンネルは一本しかない。

※追記:「下りのトンネル」とはおそらく、南阿蘇トンネルを指していたと思われる。

もしかしたら誤報かもしれない。あんな大きくて立派な橋がそう簡単に落ちるなんて俄かには信じがたい。
俵山峠の旧道は通れるだろうか。無理だろうな。もし長陽大橋が無事なら立野から57号線へ抜けられるだろうと考えを巡らせる。
朝が待ち遠しい。明るくなったらいつもの景色はどうなっているだろう。
185センチメートルの身体を小さく折り曲げ、ダッシュボードに入っていた軍手を足に履いて少し眠る。

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東日本大震災を経験している《移住組》




朝。
夜が明けたのと同時に自宅へ向かう。周辺の家や牧野にダメージは見られない。
河陽地区に自分で小屋を建てて住んでいるBさんのところへ向かうとしかし、様子が違っていた。
道路には所々に亀裂が走り、あるいは隆起し、崩れた塀や屋根瓦が散乱。切れた電線が道路にぶら下がっている。

しかしBさんが建てた小屋はまったくの無傷。住人も同様で安堵。オフグリッド生活なので、揺れる以外は普段と同じ。そして彼も東日本大震災を関東で経験している。
僕を含め、隣人のAさんもそうだけど、あの震災を東京周辺で経験した人は、必要以上に怖がったり憤っても仕方がないということが身に付いているのか、これから来るであろう余震に備えて、自分にできることを冷静に淡々とこなしている印象。

「とにかくお互い無事でよかったね」
阿蘇ロック、中止になっちゃうのかな」
「まだあと一ヶ月以上あるし、決行してほしいね」
「早く余震が収まるといいね」
「それにしても今日はいい天気だね」

そんな会話を交わして家に戻る。近所のお爺さんの無事も確認できた。
家の中も思ったほどひどい状況ではなかった。書棚の本が半分ほど落ち、茶碗がいくつか割れた程度。収納の類は全部僕の自作で、壁にビス留めしていたのが奏功したようだ。

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携帯電話が通じないんじゃ災害伝言板も使えない

とりあえず腹が減った。食パンとツナ缶があるからホットサンドを作ろう。電気も水道も使えないが、汲んでおいた湧き水とロケットストーブがある。
ホットサンドと南阿蘇の天然水で淹れたコーヒーを晴天の庭でゆっくり味わう。美味い。むしろ普段より贅沢な朝食。
ただ、携帯もネットも繋がらない。みんな心配してるだろうな。無事を伝えられないことに気を揉む。

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昼。
予報によると、今夜から大雨が降るらしい。
この家に引っ越してくる前に、ここが土砂災害の警戒区域ではないことを確認済みではあるけど、一応避難所で過ごしたほうがいいだろう。今のうちに米を炊いておにぎりを作っておくことに。

「今から食べる昼の分と、今夜の分。2合で足りるかな?」
「避難所で食べ物足りなくなるかもしれないし、ありったけ炊いたほうがいいでしょ」
「それもそうだね」

とはいえ僕のダッチオーブンでは、せいぜい4合が限界だった。仕方ないか4合で。

シンプソン金具を五徳に

シンプソン金具を五徳に

庭でロケットストーブを焚いていると、隣家のAさんが通りがかる。

「いいっすねそれ、作ったんですか?」
「たまたまね、一昨日」
「ははは、スゴいな」

調理に困ってたらいつもで使ってくださいと言おうと思ったが、Aさんはアウトドアの達人だった。もっといいやつ持ってるだろうな。
Aさんは町まで買い物に行くとのことで「なんかいります?」と聞かれたが大丈夫と答える。
特に難しい火加減の調整も必要なく、ダッジオーブンの米は炊飯器のCMの映像のように美しく炊き上がった。

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妻が朝の残りのツナとおかかを具におにぎりを何個か作り、うち2個ずつを昼食に。米が美味い。熊本産の《森のくまさん》のちょっといいやつ。5kgで1,980円。電気が復旧しても炊飯器はいらないねなどと話す。
それにしても余震がしつこくて嫌になる。
避難所は人が入りきれないかもしれないので、念のためテントと寝袋を持っていくことにする。そうすれば僕と妻の二人分のスペースは誰かのために空けられる。なにより体育館で寝るよりも使い慣れたテントの方が快適だろうし。
水源は近いけど、汲んでおいた水も一応持って行こう。車に積み込んでいると、Aさんが戻ってきた。表情が深刻だ。

<後編につづく>



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